40歳を過ぎて「ADHD」と診断されたクリスチャン男性の体験談

土曜日はかなり体調不良の状態でしたが、予定通り「結婚を祈るクリスチャンのための「セミナー&交流会」 in 富山 Grace Cafe OASIS」へ参加してきました。

男性3名、女性5名ほどが集まり、同数程度のスタッフとクリスチャンの婚活サポーターが集まりました。

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ここで結婚の証をした男性がいらっしゃるのですが、40歳過ぎて「ADHD」と診断を受け、様々な困難があった後、すべて受け入れて結婚に導かれた女性がいて、私たちは神様をほめたたえました。

職場や社会で生きにくさを覚えながら、辛い日々を送っていましたが、彼は教会を愛し、忠実に奉仕し、教会と牧師を信頼して誰も来ない日でも祈祷会に参加し、それが彼の力になっていたようでした。

本人も家族も「もう結婚は無理」と思っていたそうですが、本当に助け手となる女性を神様が導いてくださり、私は彼の神様への信仰に対するご褒美のように思えてなりませんでした。

今日は、40歳を過ぎてから「ADHD」と診断された彼の証(体験談)をご本人の許可を得て掲載させていただきます。

同じような境遇にある方がいらっしゃいましたら、彼の証から信仰と希望を持ってほしいと願っています。

40歳を過ぎて「ADHD」と診断されたクリスチャン男性の体験談

私は,2013年に,ADHD(注意欠如・多動性障害)と診断を受けました。ADHDは脳の発達のアンバランスから生活に支障をきたす発達障害の一つで,現在はカウンセリングと薬物療法を受けながら,復帰した職場で仕事をしています。

ADHDが分かったきっかけは,その前年である2012年,職場の上司との関係が悪化して仕事に行き詰り,復職のメドが立たないまま休職したことでした。そのような状況から翌年職場復帰に至るまでの過程は,教会や様々なところを通して,神様が守ってくれたと確信できるものでした。

今日はその時の話を通じて,「神の助け手は必要な時に伸ばされる」「試練をとおして教えられることがある」というようなテーマでお話しさせていただきたいと思います。

 2012年2月下旬,休職に入りました。休職にあたって主治医から示されたプランは,休職してから3か月間は完全に休養し,その後復職専門デイケアに通いながら今後について考える,というものでした。

 復職できないかも知れないと思ったのは,休職の直前,当時の上司から暗に転職を勧められたからでした。「自分はこれからどうなるのだろう」という不安がありました。

 そのような時期に心を支えたのは,様々な形で私に伸ばされた救いの手でした。教会で聴いた「ノアの箱舟は帆もオールもなく,ただ神に委ねて流されているだけだった」というお話が,「私も神様に委ねて,導かれるままにゆこう」という心の支えになりました。

 引きこもりがちになっていた休養期間中,中西先生が大乗寺丘陵公園の散歩に誘ってくれました。

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金沢市の大乗寺丘陵公園

山から,創造された広い世界を見ているとふさいでいた気分が晴れました。二人で祈ることはとても励ましになりました。また,仕事の感覚が鈍らないようにと,教会会計の補助をさせてくれました。

 教会のN兄弟ご夫妻も,仕事や共通の趣味をとおして助けてくれました。

福祉施設を運営していて,鉄道という共通の趣味を通じて交流のあったN兄弟は,施設に開設する鉄道カフェの準備に加えてくれました。転職の相談を聴いてくれて「復職を目指した方がよい」とアドバイスをくださり,その後の方向性となりました。休養期間が終わる直前の1週間,Nさんの作業所で入所者の皆さんと一緒に作業のボランティアをして,復職支援デイケアへの通院に備えました。

 2012年5月,病院に併設されている復職支援デイケアへ通い始めました。決まった時間に決まった場所に通い,作業療法や学習など職場環境に似た活動を通じて職場復帰を目指すというものでした。スタッフの皆さんや同じ入所者の方々から教えていただくことは多く,今も生活していくうえで活かしていることがあります。

 2012年9月,公務員の転職アドバイザーの方にお会いできたのも大きな助けとなりました。インターネットを通じて,この方が富山に来る際に個別の相談に応じてくれると知り,相談を申し込みました。元公務員の経営者という立場からの具体的なアドバイスはとても参考になり「転職はせず復職を目指した方がよい」という確かなビジョンを持つことができました。

 職場に復職の意思を伝えたものの,しばらく答えがなく心配になったこともありましたが,2012年暮れに「総務課でどうか」という打診をうけ,復職ができることになりました。2013年1月から職場復帰し,今は会計課で仕事をしています。

 ADHDのことをこのような経験をとおして理解することが,その後の人生を生きていくうえで必要なことだったと思っています。この試練を守ってくださった神様に感謝しています。

↑ここまで


彼自身も、クリスチャンでいらっしゃる彼のお母さんも、何か事あるごとに教会へ電話し、牧師に祈ってもらう人でした。

完全に「自分の力では無理」と判断することが次々とあり、そんな時こそ教会に頼り、神様へ信頼を置くようにしていました。

社会においては辛いこともたくさんあり、涙することもたくさんありましたが、愚直なほどに信仰を守り、神に頼るという信仰は「きらり」と光るものがあると私自身は感じていました。

彼の復職と結婚は、「やっぱり神様に信頼する人は守られ、決して見捨てられないんだ!」と確認できた出来事でした。

厳しい社会生活に「信仰が何になるだろう?」と思うようなことってあると思うのですが、神への祈りと信頼は「必ず事を動かす」と信じて信頼し続ける信仰者はなんと幸いでしょう。


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