遠藤周作 映画「沈黙」サイレンスのクリスチャンが観る際の注意点



遠藤周作の小説の中でも不朽のキリスト教文学と呼ばれ、海外でも高い評価を得ている「沈黙」が映画化されます。

日本での公開日や日本人映画キャストについて書いた記事はこちら

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その記事について、読者の摩周遍里 さんより「スコセッシ監督の信仰の態度に、疑問を感じています。」というコメントをいただいたので、ご紹介します。


スコセッシ監督の信仰の態度に、疑問を感じています。

初めてコメントいたします。

私も原作を読み、長崎にも行ったことがある者です。

ただ、今回の映画の監督がマーティン・スコセッシであるということで、私はこの映画に期待できません。

というのも、スコセッシは今から20年以上も前に「最後の誘惑」という、イエス・キリストを主人公にした映画と撮っていたのですが、その内容たるや、救い主としての自覚がない、聖書とは似ても似つかない、捻じ曲げられたキリストが描かれていたのです。

健全な聖書信仰を持つ人なら、決してこのような描き方はしないはずです。

もうすでに天に召された、キャンパスクルセードの元総裁、ビル・ブライトが、「最後の誘惑」の権利を買って、上映を阻止しようとしたということも聞いています。

今回の映画がどのような内容になるかわかりませんが、スコセッシ監督というと「最後の誘惑」を思い出し、どうしても今回の「沈黙」には期待できないのです。


・・・

確かに、スコセッシ監督の前作「最後の誘惑」は、私は見ていないのですが、かなり想像の範囲が広く、「人間としてのイエス」を想像の中で描いた作品みたいで、キリスト教会からの批判が激しかったそうです。

以前「ダ・ヴィンチ・コード」という小説や映画が話題になりましたが、その類の作品のようです。

マグダラのマリヤと結婚させたがる時点で、週刊誌のスクープ記事のような扱いになってしまうので、私は全く興味もなく、見もしませんでしたが、かなり多くの人が目にし、影響を受けたものと思われます。

そのような作品は「一般受け」を狙ったもので、信仰に基づく作品とは言えないので、クリスチャンが見る際には注意が必要です。

前作「最後の誘惑」を作ったマーティン・スコセッシ監督が手がけた作品ということを、よく覚えて映画を見る必要がありそうです。


過去の日本映画「沈黙」について

「遠藤周作の小説「沈黙」は、過去に日本映画として映画化されていましたので、今回、初の映画化というわけではありません。


「沈黙」1971年11月13日劇場公開
監督;篠田正浩


こちらの映画についても別の方から感想をいただきましたので、ご紹介します。


「前作の映画『沈黙』は、あまり良い印象がありません。監督がノンクリスチャンだったせいか、一般受けを狙った映画作りだったように思います。

信仰中心の内容だと興行収入が減ったり、一般受けする映画になると強調点がどぎつすぎたり、どのような映画を目指されるかは、同じ内容でも監督の考え方次第で大きく変わりますね~!!」

・・・

クリスチャンではない監督の場合、クリスチャンが期待するような映画の作品に仕上がることは難しいようです。

マーティン・スコセッシ監督は「敬虔なカトリック教徒」と紹介されていましたが、「監督が健全な信仰を持っているかどうか?」ということや「監督がどのように信仰面を描くのか?」ということはいまだ不明なままです。

私はそれでも映画を見てきたいと願っていますが、映画を見る時には、以上のことは少し心にとめておいたほうが良さそうです。


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