薬で改善が見られない「うつ」について


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教会関係でも「うつ」で悩んだり、苦しんだりしている方はいらっしゃいますが、私自身も「うつ」の症状に悩まされたことがありました。

日常の生活(食事を作ったり、洗濯したり)すら「やっと」の状態で、他に何もできないのに
やたらに疲れていました。

何をしても「楽しい」と感じることがなく、やがて笑顔が消えました。

「楽しい」とか「嬉しい」とか感じなくなり、何をしても「つまらない」「楽しくない」という毎日で、「おかしいな」「やばいな」と思い、焦るのですが、一向に良くなる気配が感じられないまま、笑わない、話さない日が続きました。

しゃべること自体が疲れてしまい、「普通ではない」と感じたため、インターネットで簡易診断をしてみたところ、「中度のうつだと考えられるので、受診しましょう。」と出ました。

「いつ病院へ行こうか。」ともたもたしているうちに、私の場合は時間はかかりましたが自然に快方に向かいました。

その時は子どもが小さかったことと、主人の赴任先が変わり、教会が変わり、引っ越しなどがあった後だったので、「環境の変化」が引き金になったかもしれません。

「教会の牧師館に住むようになった」というのも大きかったかもしれません。


それで自分の体験もあり、「うつ」で長年、「薬を飲んでいても一向に良くならない」「薬をたくさん飲んでいるが、副作用がひどい」「改善しない」という方を見ていて、「薬で改善しないうつ」というものがあるのではないか?とずっと思っていました。


脳の物質が足りない状態の時などは薬が処方されることで改善されるようなので、それならば効果が見込めると思うのですが、「薬が効かない、効いているようには思えないうつって何だろう?」と疑問に思っていました。


そんな時にたまたま目にしたクリスチャン精神科医のわかりやすい文章があるので、ご紹介します。


気持ちや心に関すること
「生きる意味が分からないとき」

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。

私の精神科クリニックに受診される人々にも、「やる気が出ない」と訴える方が結構いらっしゃいます。
通常、そのような訴えは、うつ病の症状の可能性があるので、診断確定のために、さらに問診を進めていくことになります。
真面目で熱心で几帳面な方が、頑張って、頑張って、エネルギーを消耗し切って、もうこれ以上は頑張りが利かないという状態になって、「やる気が出ない」と訴えられるのが従来のうつ病の症状です。
ところが、最近の「やる気が出ない」という訴えをよく聞いてみると、長く続いた不況の影響でしょうか、頑張る意義が見出せない、一所懸命やっても希望が見出せないという意味の「やる気が出ない」の場合がしばしば見受けられます。
この「やる気が出ない」の場合、その方の人生観、世界観に関わる問題になってきますので、従来のうつ病に対する治療のように、お薬と休養では上手くいかないように思われます。

聖書は、「人生に意義が見出せない」のは、自分を造ってくださった創造主なる神から離れてしまって、自分が造られた目的を見失っているからであると言っています。また聖書は、この創造主なる神から離れた状態を「罪」と言い、私たちが神に立ち返って、神との関係を回復するために来られた救い主が、イエスだと言っています。
イエスが、私の罪のために死んでくださり、葬られ、3日目によみがえられた救い主であると信じることによって救われるというのが聖書の福音です。
冒頭の聖書の言葉には、このことに関連した重要な3つのポイントが示されています。
1つ目は、救いは神の恵みのゆえに、ただ信仰によるのであり、行いによって救われるのではないということ。
2つ目は、救われるということは新しく造られることを意味しているということ。
3つ目は、新しく造られた者には良い行いが備えられているということです。
創造主なる神が、私たちに、なすべき良い行いを備えていて下さることを覚える時、人生に意義が見出せないという虚無感から解放され、私たちが造られた本来の目的を達成するという最も幸いで充実した人生を送ることができると言えます。「やる気が出ない」状態から、生きがいのある人生へと変えられるのです。
この救いを受けられますようお勧めします。

聖書.com 皆尾 公司(岡山聖書フォーラム代表、精神科・心療内科クリニック精神科医)



精神科に受診していても、「良くなっている気がしない」と言う方も結構いらっしゃいます。

また「うつ」になるのは「信仰が弱いから」などと考えたり、「怠けている」と思われたりしがちなのですが、牧師でも「うつ」になる可能性はあり、牧師夫人にも見られます。

クリスチャンでも、やる気や意欲が失われる状態になるため、「自殺願望」を伴う「うつ」の段階になるまで放置しないよう、注意が必要です。

私の場合は、信仰を持っていましたので「生きる意味が分からない」というようなことではなかったはずで、「精神科で薬の処方があれば、治りは早かったかもしれないな。」と、振り返って思うところもあります。

私たちの心と体と霊はつながりがあるものですから、もし可能ならば、クリスチャンの精神科医の先生をおすすめしたいです。

診療に直接、信仰の話や聖書の話は出てこないかもしれませんが、それでも真の神様を知っており、信じているお医者さんは「精神科」ならなおさら大切なことであり、必須ではないにしても重要なポイントだと個人的には考えています。

精神科でも改善が見られず、「人生に意義が見出せない」というような場合、行くべきところが精神科ではない可能性もありますし、むしろ教会である場合があります。


精神的な「病い」と霊的なことについての見極めは難しいところですが、精神科に通いながら、日曜日には教会へ行ったり、自分で聖書を読むクリスチャンの方もいらっしゃり、必要に応じて医療と信仰、両方からのケアは大切だと感じています。




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この記事へのコメント

  • 雅夜

    Hallelujah!
    主の御名を賛美します。

    私は42歳のパート主婦です。
    イエス様を信じ受け入れて21年になります。
    私は、14年間、統合失調症で薬を飲み、精神科に通っていました。

    今から10年前、ぷつりと教会に通うのを辞めてしまいました。
    その間に病気は悪くなり、薬を飲み過ぎて救急車で病院に運ばれました。
    幻聴幻覚、不眠、体重増加、生理不順、OD、リストカット、主様が見えなくて、本当に辛い時期でした。

    しかし、今年に入り、家庭にある問題が起こり、再び教会へと導かれました。
    毎週日曜日、みことばを聞き、改めて聖書を読み、祈り、牧師先生や奥さまにも祈っていただき、教会へ通い始めて3ヶ月目に、何故か、薬を飲むことを辞め、いよいよ信仰に身を置き、7ヶ月目には、通院も辞めました。
    そして、先月9月からはパートとして週4日、1日5時間働けています。

    わたしは、わたしの身に起こったことがわからず、ただ、主を信じ、癒され、本当にわたしは変えられました。

    家庭の問題も、少しづつ解決されてきています。

    …なんと言いますか、うまく言えないのですが、神様のあわれみ、深い愛、日々感じて生きる事が出来るようになりました。

    繰り返しますが、わたしはわたしの身に、精神に、何が起こったのかわかりません。

    今は体も痩せ、軽く、仕事も、まだ失敗はありますが、
    癒しの雅夜さん、と職場の方々に言われています。

    ああ、これは、神様の現れなのだなと祈って感謝しています。

    親族にもわたしの病気は知られていて、久しぶりにわたしを見た親族は、変わった!マトモになった!
    と驚きます。

    毎日、イエス様を感じ、笑顔でいられること、生きることや食事の喜び、与えられた賜物、家族、家庭、職場、…。

    病気を通して、神に立ち返る事が出来たこと。
    神様との一対一の会話。
    祈りの時間、聖書を読む時間、与えられて感謝です!

    これからの更新も、楽しみにしています。
    2017年10月03日 18:59
  • 牧師の妻

    >雅夜さん

    コメントを感謝します。
    雅夜さんの体験談を記事に取り上げさせていただいてもよろしいでしょうか?
    きっと励まされる方が多くいらっしゃると思います。

    これからも信仰を持って、無理はせず健やかに過ごすことができますように…!

    2017年10月05日 10:01

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