「みんなもよびな」クリスチャン詩人:八木重吉


私たち夫婦に最初の赤ちゃんが与えられたとき(2001年)、 私は夜中の授乳や寝不足で心身共に疲れ切っていました。


産院で「母乳で育てるように」と指導されていたため、ミルクを一切、与えなかったところ、母乳だけでは足りなかったらしく、夜中も2時間ともたなかったのです。


ある日、私はアパートで泣き止まない娘を見ていて、 心身の疲労感の限界を感じ、
 頑張っても頑張っても報われない感に襲われ、 夫があやしてくれていることを確認してから 夜中にアパートを飛び出しました。


娘の泣き声が聞こえる程度の場所でうずくまって頭を冷やそうとしていると、同じアパートの住人と思われる男性が通りかかりました。


チラッと見て、一度は通り過ぎていきましたが、もう一度戻ってきて、「・・・大丈夫?」と声を掛けてくれました。


私は「はい」と答える元気もなく、 首をこくりと縦に振っただけでしたが、 相当やばいと思われたのだと思います。汗


でも、わざわざ戻ってきて声を掛けてくれるような人もいるんだ・・・と、少し温かい思いになったことを思い出します。


写真 2014-02-04 14 59 55.jpg



赤ちゃんの泣き声は、「母親がイラッとするようになっている」そうです。


イラッとして、早く泣き止ませようと、ミルクを与えたり、お世話をするようになっているんだと聞いたことがあります。


たしかに、赤ちゃんが泣いても何とも思わなければ、お世話されずに放置されてしまう可能性もありますからね。


そういう意味では、「赤ちゃんが泣く」→「母親がイラッとする」というのも悪いことではなく、うまいことできてるんだな、と感じます。

・・・


クリスチャンの詩人「八木重吉」は赤ちゃんをテーマにした詩を沢山残していますが、その中の一つ「みんなもよびな」という詩をご紹介します。


「みんなもよびな」八木重吉


さて
 あかんぼは

なぜ あん あん あん あん
 なくのだろうか


ほんとに
 うるせいよ

あん あん あん あん
 あん あん あん あん


うるさか ないよ
 うるさか ないよ


よんでいるんだよ
 かみさまをよんでるんだよ
みんなもよびな
 あんなに しつっこくよびな


八木重吉 『神を呼ぼう』 より




「赤ちゃんが泣く」→単に「うるさい」というのではなく、「よんでいるんだよ」という視点に、はっと気付かされる思いがしました。


クリスチャンの視点から言えば、誰もが分かる素朴な言葉で、神を慕い求める信仰の姿勢を「乳児から学ぶ」という発想の転換が与えられる詩です。


八木重吉の信仰の純朴さが良く表されている、代表作であると思います。



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