ビビりの私が映画「沈黙」を観に行った理由



映画「沈黙」サイレンスを観ようかどうしようか迷っている方が結構いらっしゃると気づきました。

私も観るのは少し勇気がいったし、躊躇する気持ちもあったので、すごくよくわかります。

「観るのが怖い」という気持ち、観るに耐えられるだろうか?などなど、いろいろ考えましたが、私自身は「必ず見ておいたほうが良い」と押し出されるように映画館へ向かいました。

パンフレットも購入しました。たしか720円。


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この映画を見ると、人によると思いますが、こんな疑念が起こってくるかもしれません。

・「苦しんでいるとき、なぜ神は沈黙しているのか?」
・「日本でキリスト教はこんなにも嫌われるものなのか?」
・「キリスト教を信じる意味があるのか?」
・「こんな過酷な状況なら、踏み絵を踏んでもいいのか?」
・「祈りに応えてもくれないキリストを信じていく価値があるのか?」
・「そもそも神はいるのか?」

などなど・・・。

私も映画を見た後、すごく心が重くなりました。

けれども、観てよかったと思っています。

遠藤周作の小説「沈黙」は歴史小説であり、実際に長崎周辺で起こった出来事、実在した人物をモデルに書かれた小説です。

歴史を映像として見られるということ自体が私にとっては一つ、意味のあることでしたし、日本だけでなく世界で20か国語に翻訳されている遠藤周作の「沈黙」を映画で見る、ということにも意味はあると思います。




「サイレンス」映画を見るのが怖い

映画「沈黙」を観ようか迷っている人の中に多かった声は「観るのが怖い」というものです。

私自身、かなりのビビりな性格なので、やっぱり映画館に行くのは勇気がいりました。

天ぷらを揚げるのだって、鍋のふたを盾にして、油が跳ねようものなら「ひぃぃぃーーーー!!」と言いながら揚げるので、子供たちに「ママ~、大丈夫~?」と言われます^^;

沈黙の原作は読んでいて内容は知っていたし、原作を読んでいない方でも、内容の想像はつくと思います。

楽しい内容ではなく重いテーマなので、やっぱり積極的には観たいという人は少ないかもしれません。

そうそう、私が見た回は、多分お客さんは3人くらいでした。そして、見たところ全員女性でした。



「怖い」という意味にはいくつかあると思います。

・恐ろしい拷問などのシーンが見ていられない
・自分は小心者だから、原作ですでにビビッている。映画は見るに耐えられるか心配
・自分の信仰はそこまで追い詰められた時にどうなってしまうのか、想像しただけで怖い
・映画を見てしまうと、死に至るまで忠実だったキリシタンの姿があるので、それを手本にしなければならないというプレッシャーが今後の信仰生活に発生するかもしれないのが怖い


このように、様々な「疑念」や「恐れの心」が予想される映画ですが、私はそれでもクリスチャンの方が迷っているようなら「ぜひ観てきてください。」と言うと思います。

私のようにビビりな人は、ぜひ見ておいたほうが良い。

今は平和な時代ですが、いつまたこのような時代になるかわからないですし、もしも、そのような状況に置かれることになれば、自分はどのような態度をとるか、選択に迫られることになります。

だとすると、今回の映画を観ないでそのような時代に突入したら、なんだか練習せずに本番を迎えるような気がしたので・・・。


映画は、まるでその場にいるかのような「疑似体験」ができます。

そして「自分だったら、この光景を目にした時、どう思うだろう?どうするだろう?」などと、いろいろ考えながら観ます。

この映画は、キリシタン禁制時代を疑似体験できるという意味で、貴重な映画だと思います。

小説は読みましたが、やはり映像だとリアルです。

いつまでも上映しているわけではないので、迷っていて観に行ける状況にある方ならぜひ観てきてください!とお勧めしたいです。




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