アメイジングジャーニー神の小屋より あらすじ

アメイジングジャーニー神の小屋より あらすじ

2017年6月19日(月)、20日(火)沖縄試写会の情報はこちら

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2017年9月一般公開予定


小説の主人公マックは、妻と5人の子ども達と幸せに暮らしていました。

ある時、家族と一緒にキャンプに森に出かけ、末の娘メリッサ(ミッシー)を誘拐犯にさらわれ、殺されてしまいます。

その出来事で悲しみ深く傷ついたマックは、神とイエス・キリストを信じる信仰者でしたが、なぜ、娘を守ることができなかったのかと自分を責めたり、このようなことが起こったのは、マック自身が自分の父親を恨んでいたことがあり、そのさばきや罰として神様が娘を失わせたのではと考え、神様に対して懐疑的になっていました。

そして、「神様がなぜ娘を守ってくれなかったのか?」「娘が殺人者に誘拐され殺されることを神様が許したのか?」と神に対して怒り、神に対する健全な信仰をなくしかけていました。

しかし有る時、彼の家の郵便ポストに、「あの小屋で会おう・・・父より」という不思議な手紙が届きます。

「あの小屋」というのは、娘が行方不明になった、家族で旅行し、キャンプした場所にあった小屋のことでした。

最初マックは、それが殺人犯からの手紙か、だれかのいたずらかと思って無視しようとしました。

マックは、娘が行方不明になって殺されて以来、あの小屋のことは二度と思い出したくないと思っていました。

しかし、その手紙のことがどうしても気になり、その小屋に行ってみることにしました。

小説では、それが紛れもなく神様からの手紙であったというフィクションの設定なのですが、マックはその不思議な手紙の促しによって、その小屋に向かいます。

そして、そこでマックは、父である神を表すある人物と出会い、誘拐され殺された娘が、肉体は死んだけれども今もキリストとともに霊の状態で生きていること、そして、神は今もなお真実で、娘と自分を愛してくれていることを知ります。

それは、神様が彼に見せた夢というか幻の中でその事を知るのですが、その夢あるいは幻の中で、マックは天国でキリストとともに今も生きている娘の姿を見るのです。

先に亡くなった人が天国でどのように過ごしているのか?良くイメージさせてくれる映画です。


以下は原作「神の小屋」より、少し長いですが、その場面の抜粋です。

「静かだった洞窟に、いきなり子どもたちの笑い声が響き渡った。笑い声は壁の向こうから聞こえてくるらしい。部屋はますます明るくなって壁もはっきり見える。
マックがそちらの方向を見つめていると、岩壁がだんだん透明になって、陽光が洞窟に流れ込んで来た。
びっくりしたマックが目を凝らしていると、遠くで遊んでいる子どもたちの姿がぼんやりと見えてきた。「うちの子たちの声のようだ!」驚いて叫んだマックは、ぽかんと口を開けた。
壁際に近寄ると、誰かがカーテンを開いたように霞が晴れていき、思いがけなく目の前に現れたのは、湖を背景にした牧場だった。正面には深い森林が重なる荘厳な山脈が頂上に雪をいただいてそびえている。
その麓にすっぽりと包まれるようにあの小屋がはっきり見えた。どこからともなく豊かな水が流れて来て彼の目の前を横切り、耕地の花々や草の生い茂る草原の脇を通って湖に注いだ。
あちらこちらから小鳥のさえずりが聞こえ、豊饒な夏の香があたりに満ち満ちていた。
マックはそうしたすべてを一瞬のうちに見て、聞いて、かいだが、次には50ヤード足らずのところで湖に流れ込む川の河口で遊んでいる一団の動きに目を奪われた。
そこに子どもたちがいた―ジョン、タイラー、ジョシュ、ケイト―いや、待って!もう一人いる! 彼ははっと息を呑んで、さらに目を凝らした。
子どもたちのほうへ行こうと前へ出たが、まだそこに岩壁があるかのように、見えない力に阻まれた。だが、そのときはっきりと見えた。「ミッシー!」そこに水を裸足で蹴っているミッシーがいた。
ミッシーは彼の声が聞こえたようにグループから離れると、マックの目の前で終わっている小道を走ってきた。「ああ、神様!ミッシー!」マックは叫び、二人を隔てているベールを押しのけて前へ出ようとした。
しかし見えない力が強くなって、彼を部屋に引き戻しているようだった。「ミッシーには、あなたの声は聞こえません。」マックは気にしなかった。
「ミッシー!」彼は声を限りに叫んだ。こんなにすぐそばにいる。必死になって留めようとしてきた、しかしゆっくりとこぼれ落ちていったミッシーの記憶がにわかによみがえった。
彼は何か手がかりがないか、見えない扉をこじ開けてミッシーのそばに行くことができないかと右往左往した。だが、無駄だった。ミッシーのほうは小道の終わりまでたどり着き、マックと向かい合って立っていた。だがミッシーはマックたちを見ているのではなく、間にある何かを、大きくてはっきりした、だがマックには見えないものを見ているらしかった。「あの子にはわたしは見えないのですか?わたしがここにいることを知っていますか?」マックはいてもたってもいられず、尋ねた。「ミッシーはあなたがここにいることを知っていますが、姿は見えません。彼女のほうから見えるのは美しい滝だけです。でも、その奥にあなたがいることをミッシーは知っていますよ。」「滝か!」
マックは思わず笑みをもらした。
「あの子はほんとうに滝が好きで、いくら見ても見飽きないんだ!」マックは表情や髪、手などのすべてを記憶に刻み込もうと、必死になってミッシーを見つめた。
するとミッシーはいきなりにっこりと微笑み、大きなえくぼを浮かべた。それからスローモーションのようにゆっくり彼女の口が動き、マックはその口元を見つめて言葉を読み取った。
「大丈夫よ。わたしは・・・」それからミッシーは吐息のようにつぶやいた。「・・・お父さんを愛しています」ついに耐え切れなくなって嬉し涙にむせびつつ。
マックは自分の目からあふれる滝を通してなおもミッシーを見つめた。こんなにそばにいる。そこにいかにもミッシーらしく片足を前に出して、手首を内側に曲げた片手を腰に当てたミッシーがいる。
マックは切なくてたまらなかった。「あの子は本当に大丈夫なんですか。ミッシーは!」「あなたが思う以上に彼女は大丈夫です。この世の人生は、来るべきもっと偉大な現実の控室にすぎません。
あなたがたの世界では、誰も可能性を完全に発揮することはできないのです。すべては、父である神が心に抱いていることへの準備でしかないのです。・・・そのとき、誰かがミッシーの名を呼んだ。
その声にマックは聞き覚えがあった。ミッシーは嬉しそうな叫び声をあげると、みんながいるほうへ走って引き返しかけた。だが、急に足を止め、また父親がいるほうへ駆け戻ってきた。
そして大きな身振りで父親を抱きしめて目を閉じ、大げさにキスしてみせた。見えない隔壁にこちらから、マックもミッシーを抱きしめた。
ミッシーは自分が父親の記憶に大切な贈り物をしているのを知っているのか、しばらくじっとしていたが、それから手を振ると、向きを変えてほかの子どもたちがいるほうへ走っていった。
マックにはミッシーを呼んだ人物がはっきりと見えた。それは子どもたちに囲まれて立っているイエスだった。ミッシーはためらいもなくイエスの腕の中に跳び込んだ。
イエスはミッシーを抱き上げて二度、ぶんぶん振り回してから地に降ろした。それから全員、笑い声を上げながら、湖面に投げる平たい石を探しはじめた。
楽しそうな子どもたちの声が交響楽となってマックの耳に届き、見つめているマックの目からはいつまでも涙があふれ続けた。
ふいに、何の前ぶれもなく大量の水が轟音とともに目の前に落ちて来て、子どたちの姿も声もかき消してしまった。マックは思わず飛びのいた。
気付くと、周囲にあったはずの岩壁が消えて、マックは滝の裏側の岩壁に立っているのだった。」

*   *   *

『神の小屋』という小説のワンシーンでした。

娘を失ったマックという父親が、幻を通して娘が今も生きていて、
神に愛され、父親である自分のことを愛してくれている。

そして、娘は天国でイエス・キリスト共にいて、この地上よりもずっと安全な場所にいることを主人公マックは知るのです。

そして、娘に再会できる希望、自分も死んだら天国で娘に会える希望に、心の傷がいやされるのです。

あくまでも小説でフィクションですが、聖書が教える死んだ人々の今の状態を、私たちに慰めと励ましをもって伝える小説だと思い、
皆さんにご紹介させていただきました。

この小説が映画でどのように描かれているかは、ぜひ劇場で…。

予告動画はこちら
2017年6月13日(火)福岡試写会の情報はこちら


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