「ぞうきん」河野進(こうのすすむ)


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2013年の北陸宣教大会の時、CLCブックスの出張販売があり、2冊の本を購入しました。


タイトルを見て、即、手にとった本がこちら。


「ぞうきん」河野進
牧師であった、故・河野進師の詩集です。


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ぞうきん [ 河野進 ]
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「ぞうきん」のほか、「峠」「和やか」「岩」などが収録されていますが、本のタイトルになったのは、なぜか「ぞうきん」という詩です。


もし、タイトルが「ぞうきん」でなかったら、私は購入しなかったかもしれません。


でも、「ぞうきん」というタイトルを見つけ、即、購入しました。


「ぞうきん」というのは、わたしが「牧師夫人としての母親」に抱いていたイメージだったからです。



河野進さんが書いた「ぞうきん」という詩。



「ぞうきん」


こまった時に思い出され
用がすめば すぐ忘れられる
ぞうきん


台所のすみに小さくなり
むくいを知らず
朝も夜も喜んで仕える
ぞうきんになりたい



・・・


牧師夫人として働いている母を見ていて、時々、私は悲しい思いをしました。


「いつも」ではありませんが、時々、「私の大好きなお母さんは、ぞうきんじゃない!」と叫んでいました。


でも、河野進さんが「ぞうきんになりたい」と言った、その姿を生涯を通じて実践したのが母でした。


「むくいを知らず
朝も夜も喜んで仕える」


たまに疲れていたりイライラしていることもあったけど、常に「自分が犠牲になってでも、他の人が生きる」ことを選び取ることができる人でした。


「自己実現」がうたわれる今、キリストに倣って、本当に「自己犠牲」の道を選び取ることは「難しい」と感じてしまいます。


だからこそ、今、思うことは、ぞうきんのように仕えた母は、幸いだったということです。


兄は若い頃、「お母さんのような人と結婚したい。」と言っていましたし、妹は今でも尊敬する人、目標としている人は「母」と迷わず答えます。


今の母のイメージは「ぞうきん」ではなく、聖書の箴言の言葉です。


箴言31:28~29


「その子たちは立ち上がって、彼女を幸いな者と言い、
夫も彼女をほめたたえて言う。
【しっかりしたことをする女は多いけれど、
あなたはそのすべてにまさっている。】と。」



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